☆江戸の町作り(久野)☆【トレッペ講師陣より】【トレッペの勉強のこと】

こんにちは。

「怒られなくても、ひとりで勉強ができるようになる教室」トレッペ教室長の内海哲平です。

 

トレッペの得意なことは、「勉強を好きになってもらうこと」「毎日継続して自主学習できるようにすること」「ずっと昔につまずいたところを見つけること」です。

 

このブログは毎週火曜日(プラス気が向いた日)に更新されます。

よかったらのぞいてみてくださいね。 

 

 

 

 

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今年は2019年で来年は2020年です。

 

 

 

来年はどのようなイベントがあるでしょうか。

 

 

 

そうです、体育の国際的なイベントの東京オリンピックが開催されます。

 

 

 

なぜ東京でオリンピックが開かれるのかというと、

その理由の一つに東京が日本の首都で、大都市だから、ということが挙げられるでしょう。

 

 

 

それではなぜ東京が日本の首都になったのでしょうか。

 

 

 

それは徳川家康が江戸を本拠地にして、大都市を作りあげたことから、 

その後の明治新政府も江戸を首都にしたからです。

 

 

 

そもそも家康は三河国(いまの愛知県)の出身で、江戸とはまったく関係ありませんでした。

 

 

 

それまで江戸を支配していたのは、戦国大名の北条氏です。

 

 

 

豊臣秀吉がいわゆる“天下統一”をする時に、最後に合戦をした大名でした。

 

 

 

北条氏は相模国(いまの神奈川県)の小田原を中心に、関東一帯を支配していました。

 

 

 

そこに秀吉がやってきて、北条氏は降伏しなかったため、合戦によって成敗されてしまいました。

 

 

 

北条氏を滅ぼした秀吉にとって、最大のライバルは徳川家康です。

 

 

 

秀吉は家康へのあてつけで、もともと家康が支配していたところから、関東に引越しさせたのです。

 

 

 

家康は江戸を本拠地にして、新しい領国の支配を開始しました。

 

 

 

ところで、この江戸城の鬼門にあたるところには、あるお寺と池があります。

 

 

 

それはどこかというと現在の上野公園があるところで、寛永寺というお寺と不忍池という池です。

 

 

 

実はこれは風水と関係があって、それまでの日本のもう一つの首都、京都をマネして町作りをしました。

 

 

 

京都からみて鬼門にあたる場所には、比叡山延暦寺と琵琶湖があります。

 

 

 

琵琶湖は不忍池に、延暦寺は寛永寺にみたてて風水的な守りとしました。

 

 

 

そのためお寺の名前も「延暦」という元号の「延暦寺」をマネして、「寛永寺」という名前にして、 

山号も「比叡山」を“東の比叡山”ということで、「東叡山」といいます。

 

 

 

また、現在の家康のお墓は日光東照宮にありますが、その前は静岡の久能山にありました。

 

 

 

この日光と久能山を直線で結んだちょうど真ん中に江戸があります。

 

 

 

家康は死去してからも江戸を守るために、日光と久能山にお墓をつくったのでした。

 

 

 

ところで、お正月にも家康がとても努力して江戸をつくったというドラマを放送していましたが、

これはご先祖で徳川家の初代将軍である家康をとても偉い人にするために、江戸幕府がわざと大げさにしたのでした。

 

 

 

実際は、それまで関東を支配していた北条氏の時から、江戸は港湾都市として栄えていたのです。

 

 

 

逆に家康は、もともと江戸が栄えていたので、ここを本拠地にして町作りをしたのでした。

 

 

 

そして江戸幕府が滅亡したあとに明治新政府はここに天皇陛下を京都から迎えて、

 

 

 

江戸は東の京都“東京”となりました。

 

 

 

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勉強は青春だ!!

勉強はつらい修行ではありません。

 

まずは一緒に勉強を楽しみましょう♪

階段式個別指導教室トレッペ

教室長 内海 哲平

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